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さらに健康をサポートしたい、もっと人の役に立つ仕事がしたいと強く感じたからです。
昭和45年に京都市で生まれ、小学校を卒業するころにはパンが大好きだったので、将来はパン屋さんになりたいと思っており、その後、中学校で進路を決める時には、高校に行かずイタリアンのシェフになると決めていました。
しかし、高校だけは出ておきなさいと両親や先生の勧めで高校の進学クラスに進み、高校3年間で医療の方にも興味が出てきたので、食と医療を兼ね備えた栄養士になると決めました。
高校を卒業し、京都栄養医療専門学校に入学、卒業。そして総合病院で栄養士として日夜勤務に励みました。
栄養士としては最上の管理栄養士になり、病院で臨床栄養・減量(ダイエット)、スポーツ施設でスポーツ栄養と合わせて10年間勉強してきました。
またその時、健康運動指導士の資格もとり、健康には食事だけでなく運動の重要性をも指導していました。健康維持のために、健康回復のためにも適度な運動や食事に気をつけ、十分な睡眠をとることはとても大切です。
それなりにやりがいはあったのですが、少しずつ何か物足りなさを感じていくようになりました。
それは、病院ではお医者さんが一番であり、 栄養士には痛みをとってあげる、病気を治してあげるという事はできません。医師の指示のもと、食事の管理・指導をしてあげることぐらいで、まだまだコメディカルスタッフの栄養士には、泣いて喜ばれるぐらい「ありがとう」と言われることはありませんでした。
自分はもっとできるのではないか?、もっと人の役に立てるのではないか?という思いが段々と強くなり、もっと多くのありがとうを言っていただきたくて、23年前に治療家の道に入りました。
開業して早16年、整体を通して皆さんのお役にたてることによって、「先生、ありがとう。」「先生の言う通りにしたら良くなった。」など嬉しいことが当たり前のような日々であり、そしてついには長年の痛みがとれたと泣いて喜んでくれた方もあらわれるようになりました。目に涙を浮かべながら、「先生がいてくれたから・・・」この時の言葉は、本当に嬉しかったです。
今でこそ治療家として、しっかりと結果が出せるようになりましたが、ここに来るまでは挫折の連続でした。一つ壁を乗り越えたかな?と思ったらまた次の壁が出てきて、なぜ、良くならない?わからない…、いつまでこんな日が続くんだ?といった具合です。
強い思いを持って飛び込んだ世界なのに、結果が出せない時には、落ち込んだり、誤魔化したりといろんな葛藤がありました。そのような中、恥ずかしい話なのですが、情けなくて人知れず涙を流すこともありました。
でも、そのおかげでこの仕事の奥深さとやりがい、そして楽しさを知ることが出来ました。
病院などで良くならなくて困っておられる方々の助けとなるべく、難解な不調や痛みでも、100%回復へと導くことを目標に、自分が一生をかけて取り組める仕事だと思っております。
探究心から全国におられるゴッドハンドと言われる先生方とご縁をいただき、技術や理論のご指導の下、日々更なる高みへと進化しております。
からだ回復センター京都城陽整体院は、これからも、あなたや困っている方々の身近な整体院です。
来て頂いている皆様への責任として、これからも発展・進化し続けると共に、初心を忘れず、皆様から愛される整体院であり続けたいと思っております。